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「捨てられない」んじゃない。「捨てに行ける時間」がなかったーある女性の部屋が「ゴミ屋敷」になるまでの15年
先日、うちに片付けを依頼してくれた女性が、「自分の話でよければ」と取材を受けてくれました。Sさん(仮名)。夜勤のコールセンターで、20年働いている方です。
話を聞いたのは、作業に入る前日の夕方でした。玄関から先は、床が見えません。片付けが始まるのは、翌朝からです。
Sさんが業者に片付けを頼むと決めたのは、今回が初めてです。ただ、この部屋をどうにかしようとしたのは、今回が初めてではありません。
5年前に一度、彼女は役所に電話をかけています。その話は、後で出てきます。
先に言っておきたいんですが、彼女は物を溜め込むのが好きな人でもないし、掃除の仕方を知らない人でもありません。話していると、頭の回転がとても速い人だとすぐにわかります。職場では、後輩をまとめる立場を任されている方です。
それでも、部屋はこうなりました。

僕はこの仕事を10年近くやっていて、本当にいろんな部屋を見てきました。そのうえで言うと、Sさんのケースは「特殊な人に起きた特殊なこと」ではないと思っています。むしろ、条件がいくつか重なれば誰にでも起きることなんですよね。
だから、彼女が話してくれた15年を、そのまま書きます。
目次
夜22時から朝9時まで、それを20年
Sさんの一日は、夕方に始まる。
コールセンターの夜勤。勤務は22時から翌朝9時まで。正社員ではなく、シフト制のパート勤務だ。この会社に、もう20年いる。
「20年?」と思わず聞き返してしまった。
「はい。20年間ずっと」
勤続年数が長いぶん、今はただ電話を取るだけの立場ではない。
オペレーターが話す際のトークスクリプトを組み立てたり、対応件数の集計をどう時短で出すかというシステムを作ったりする仕事も任されている。
Excelは独学だという。最近は上司の方針でAIも絡んでくるようになり、その部分も少しずつ任され始めている。
「ただ出勤して電話して話して、暇な時間ぼーっとして、そのまま帰るだけの生活ではないといえばないです。」
仕事にはすごくやりがいを持って取り組んでいるんだな、というのが、話していてよくわかった。
ただ、任される仕事が増えたぶん、ほぼ毎日1時間の残業が発生する。職場を出るのが朝10時ごろ。家に着くのが11時から12時。
家では料理ができない。部屋があの状態だからだ。だから帰り道のどこかで食べるか、コンビニで買って帰る。
そして、眠る。起きるのは夕方だ。そこからまた、夜勤の職場へ向かう。
この生活サイクルの中に、収集日の朝8時までにゴミを出すという行動を差し込むのは、簡単ではない。
浴槽に水を張って、電気で沸かす
風呂に入れているかを聞いた。
「普通には入れてないですね」
家は古いアパートで、風呂はバランス釜だ。そのバランス釜の種火を、だいぶ前につけっぱなしにしていたことがあった。それがガス漏れと同じ扱いになり、ガスが止まった。
料金は、ちゃんと払っていた。
ガス会社に連絡はした。すると、実際に漏れがないかを確認するため、家の中に入って点検させてほしいと言われた。
それが、どうしてもできなかった。
だから今も、ガスは止まったままだ。
ここが、ゴミ屋敷という状態の一番厄介なところだと僕は思っている。
部屋に人を入れられなくなると、家の中で何かが壊れたときに、直せなくなる。
ガスも、水道も、給湯器も、エアコンも、修理や交換には必ず誰かが家に上がる。
うちに来る依頼でも、「エアコンが壊れたけれど、この部屋では買い替えを頼めない」という理由の方はかなり多い。壊れたこと自体より、壊れたまま放っておくしかないことのほうが、生活をじわじわ削っていく。
Sさんの場合、それが風呂だった。彼女はそれを、自力の工夫で乗り切っていた。
ネットで見つけた、コンセントにつないで水に沈めておくタイプの湯沸かし器を買った。浴槽に水を張り、それを差し込んで時間をかけて沸かす。そこにキャンプ用のポータブルシャワーを浸けて、湯を汲み上げて浴びる。
「今は夏なので、むしろ水でも全然なんとかなるんですけど」
冬も、春先も、秋も、そうやって過ごしてきた。
「サバイバルですね」と僕が言うと、「そうですね」と笑っていた。
「もう、ゴミはどうにも出せないな」
なぜこの部屋になったのか。理由は、拍子抜けするほど単純だった。
ゴミを、出しに行けなかった。
住んでいるアパートでは、夜のうちにゴミを出すことを禁止されている。
これは彼女のアパートが特別に厳しいわけではない。多くの自治体が、ごみは収集日当日の朝8時までに出すよう案内している。
大田区は、夜間のごみ出しについて、不法投棄や動物によるごみの飛散を招くおそれがあること、集積所の近隣住民の迷惑になる場合があることを理由に、控えるよう呼びかけている。
ルールとしては、まったく正しい。カラスに荒らされた集積所を掃除するのは近所の人だ。
ただ、このルールは「朝、家にいる人」を前提に作られている。
勤務のある日、朝8時の彼女は職場にいるか、帰りの電車の中にいる。つまり、ゴミを出せるのは休みの日だけになる。
ただ、シフト制の休みが、燃えるゴミの収集日と都合よく重なるとは限らない。重ならなければ、その週は見送りだ。
そして一度見送ると、そのぶんが次に持ち越される。ここが厄介なところで、集積所は一人が大量に持ち込むことを想定していない。
溜まった分をまとめて出そうとしても、一度に出せる量には限りがある。地域によっては袋の数を制限しているし、そうでなくても、山のような袋を置いていくのは現実的ではない。
出せなかった週の分は、取り戻せない。うちが伺う現場でも、ここで詰まっている人はかなり多い。
大きなマンションなら24時間出せるゴミ置き場があることも、彼女は知っていた。でも、彼女の住むのは小さな古いアパートだ。
5年前、彼女が最初に電話したのは片付け業者ではなく役所だった
ここが、この取材で一番強く印象に残った部分だ。
5年ほど前、玄関から入ってすぐの床が、まだかろうじて見えていた頃。彼女は「いい加減どうにかしなきゃ」と思い、自分でできる限りのことをしようとした。
そして、役所に電話をかけた。
多少お金がかかってもいいから、区の指定業者に来て回収してもらえないか。そう聞いた。
答えは、できない、だった。
「自分で持ち込んでもらうんだったらいいですよ、という話で」
彼女は運転免許を持っていない。
「ゴミ袋を自分でわーっと抱えて、落ちる落ちるって歩くわけにもいかないので」
バスにも乗れない。そこで、道は途切れた。
これは彼女の努力不足ではなく、制度の設計の話だ。
家庭ごみの自己搬入は自治体によって可否が分かれるが、受け入れている自治体でも、車での搬入が前提になっていることがほとんどだ。
たとえばいわき市は、家庭のごみを自ら持ち込む際は原則として自家用車で搬入するよう案内し、他人の車を借りる場合は車検証や使用承諾書の提示を求めている。
千葉市のように、受付時間が平日の13時から16時と決まっているところもある。
平日の昼間、車で、自分で運ぶ。
免許がなく、その時間帯に眠っている夜勤労働者は、この制度の外にいる。
そして夜勤労働者は、決して珍しい存在ではない。
リクルートワークス研究所の調査によれば、過去半年間に何らかの理由で深夜労働をしていた人の割合は、雇用者全体で17%、正社員で21.5%、パート・アルバイトで9.4%だった。
働く人のおよそ6人に1人。コンビニも、物流も、病院も、コールセンターも、その人たちが回している。
その6人に1人に向けた「朝8時以外の選択肢」は、制度としてほとんど用意されていない。
「もうゴミはどうにも出せないな、っていう状態になってから、ちょっとずつちょっとずつ溜まっていって。それで今みたいな」
玄関先にわずかに残っていた床も、そこから5年で完全になくなった。今は、部屋の中を歩くことができない。
舞台に立っていた人が、家に帰らなくなるまで
Sさんには、20年間の夜勤より前から続けていたことがある。
Sさんは、役者だった。
学生時代、演劇のサークルに入った。かなり本格的にやるところで、そのためアルバイトは夜勤しか選べなかった。居酒屋、別のコールセンター、ときにはダブルワーク。若い頃は体力が持った。
「夜勤で働いて、その休みの日に時間調整して、日勤で1日2日入ったりとかもしてました」
彼女が学生の頃から夜の仕事を続けてきたのは、芝居のためだったのだ。
理想は、舞台に立ち続けること。ただ、舞台だけでは食べていけない。だから映像の仕事にも出られる役者になりたかった。
実際、2時間サスペンスのような作品に出たこともある。エキストラではあるけれど、主演の女優を止めに入って、一言二言セリフを交わす役。相手は、名前を聞けば誰もが知っている俳優だったという。
役者を諦めたきっかけを聞くと、答えは一言だった。
「コロナですね」
それまでは、コンスタントに舞台に出ていた。集客力のある役者ではなかったけれど、若いうちは使い勝手よく起用してもらえて、仕事は途切れずに続いていた。
「コロナになって、そもそも舞台の興行をやるところが激減して。出演とかもできなくなって」
実際、そのとおりのことが起きている。ぴあ総研の確定値によれば、演劇やミュージカルを含むステージ分野の市場規模は、2019年の2,058億円から2020年には518億円へ、74.8%縮小した。ライブ・エンタテインメント全体では前年比82.4%減の1,106億円。1年で、4分の1になった。
舞台がなくなれば、稽古もなくなる。ここが、彼女にとっては決定的だった。
役者の世界では、家に脚本を持ち帰って読み込み、セリフを練習するのが当たり前だ。
でも彼女の家は、それができない家だった。
「帰ってきて扉を開けたら、もう本当に何もやる気が起きなくなっちゃって」
それでも続けられていたのは、稽古場があったからだ。一度外に出て稽古場に行けば、しっかりやろうという気持ちが盛り上がる。家でできない分を、外で取り返していた。
その稽古の機会が、コロナで消えた。残ったのは、家と職場の往復だけになった。
「それで、気持ちがそこまで頑張ろうっていう方向にいかなくなってしまったっていうのが、一番大きいと思います」
家は、とっくにスイッチの入らない場所になっていた。コロナは、スイッチの入るほうの場所を消した。
部屋はこの15年で、彼女からいくつものものを奪っている。役者の夢は、そのうちの一つだ。
15年前、初めての恋人に部屋を見せた日
もうひとつ、彼女が失ったものがある。
15年ほど前、今の家に引っ越す前に住んでいたアパートでの話だ。当時から片付けはできていなかった。すでに夜勤で働いていて、ゴミを出す時間もなかった。
ただ、そこには救いがあった。近所に大家が住んでいて、仲良くしてもらっていたのだ。
「たまに大家さんにお願いして、出していただくっていうことはできてたりはしたんですけど」
ゴミを出してくれる人が一人近くにいるかどうかは、思っている以上に大きい。うちが伺う現場でも、そこが分かれ目になっていることがよくある。
ただ、彼女の言葉にあるとおり、それは「たまに」だった。溜まるスピードに追いつくほどではない。
本人いわく、部屋の状態は今住んでいるところほどではなかったという。それでも、人を入れられる部屋ではなかった。
当時、彼女には恋人がいた。人生で初めての恋人だった。
その人が、家に来ることになった。
「その時は自力でどうにかしようと頑張って、どうにもできなくて。そのまま見せたら、振られて」
部屋が理由だと、言われたんですか。
「直接的にそれが理由だとは、相手は一言も言わなかったんですけど。家に初めて来てから、明らかに態度がおかしくなって」
彼女は、こう続けた。
「まあそうだよね、っていう考えも私の中にあったので。仕方がないかなっていうので、別れを受け入れました」
この「まあそうだよね」を、僕はこの仕事でもう何度も聞いている。責められる前に自分で自分を裁いてしまう人が、本当に多い。
そこから彼女は、長いあいだ誰とも付き合っていない。
「誰かとお付き合いすると、どうしてもお互いの家を行き来することになるので。無理だなって」
部屋が、恋愛という選択肢を先に閉じた。
そして、結婚も。
「部屋がこういう状況だからっていうのもあるんですけど、結婚そのものをずっと考えてこなかったんですよね。誰かと一緒に生きるっていうのを一切考えてなくて。一人で生きていくには今後どうすればいいか、みたいなことばっかり考えてきた人間だったので」
一人で生きていく前提で組み立てられた人生。その理由の一つが、部屋だった。
行政の「ゴミ屋敷」統計に、この部屋は載っていない
ここで、少し引いた話をしたい。
環境省が全国1,741の市区町村を対象に実施した令和6年度の調査によると、令和2年度から令和6年度までの5年間でごみ屋敷事案を認知していると回答した市区町村は672、全体の約38.6%だった。認知件数の合計は6,054件にのぼる。
問題は、どうやって認知されたかだ。
最も多かったのは「市民からの通報・情報提供」だった。事案を認知している672市区町村のうち602、89.6%の自治体がこの経路を挙げている。次いで「市町村等による把握(パトロール等)」が243(36.2%)、「原因者の親族等からの相談」が141(21.0%)。一方、「原因者からの相談」を挙げた自治体は115(17.1%)にとどまる(複数回答)。
近所の人が困って通報する。パトロールで見つかる。家族が相談に来る。あるいは、本人が相談する。これが主な入口だ。
そして、いちばん使われていない入口が、本人からの相談だ。
裏を返せば、こういうことになる。
近所に迷惑をかけていない、家族も来ない部屋は、本人が相談しない限り誰にも把握されない。
Sさんの部屋は、外にゴミがはみ出していない。20年間、同じ職場に通い続け、今は後輩をまとめている。誰にも通報されていないし、誰にも心配されていない。
だから彼女の部屋は、この6,054件のどこにも含まれていない。
支援の入口も同じ構造になっている。
同じ調査では、高齢者のごみ出し支援制度でごみ屋敷居住者を対象としている市区町村は162、全体の9.3%にとどまる。
そもそも多くの制度は高齢者や障害のある人を想定していて、フルタイムで働いている現役世代は入口の外にいる。ゴミを出せないのが働き方のせいである場合、その人を拾う制度は、今のところほとんどない。
さらに報告書には、近隣住民も当事者との問題を起こしたくないという心情から、通報自体が少ないのではないか、という自治体側の声も載っている。
つまり行政が把握できているのは、誰かが通報するところまで至った部屋だけだ。
現場にいる僕の実感で言えば、統計に載っている6,054件の外側に、桁が違う数の部屋がある。うちに電話をくれる人の多くは、誰にも通報されていない人たちだ。
そして、そういう人ほど、自分で何とかしようとして、何ともできなくなっている。
喫煙所で、声をかけられた
15年、一人で生きていくつもりだった人が、なぜ今、部屋を片付けようとしているのか。
きっかけは、恋人ができたことだった。
出会いは、職場の近くの喫煙所だ。繁華街なので、夜中でも外国の人がよく歩いている。声をかけられて、その場で少し話す。そんなことは、彼女にとっては珍しくなかった。
「イェイじゃあねバーイ、みたいな感じで終わることもちょくちょくあったので、そのノリで話をしてたら」
その流れで、付き合うことになった。
今の彼と付き合う直前にも、2か月ほど交際していた人がいる。出会った場所は、同じ喫煙所だった。
その交際中に、彼女の病気が見つかった。命に関わるものではないが、手術が必要だという。
その話をした途端、相手と連絡が取れなくなった。
しばらくして、彼女は相手に連絡した。今のあなたの気持ちを話してくれるなら聞く。でも嘘や言い訳を言うつもりなら、もう何も言わなくていい、と。
返ってきたのは、こういう話だったという。ビザが切れる。このままでは強制的に国を出ることになる。日本にいるためには君と結婚しなければならない。結婚して永住ビザを取って、君と一緒にいたい。
「そこまでじゃなくて。まだ付き合って2か月も経ってないし、結婚はもともと考えてないよって、最初に伝えてあったのに」
今すぐは承諾できない、と答えた。
「わかった、さよなら」と返ってきて、それで終わった。
この出来事の直後に、今の彼と出会っている。
「なんでダメなの。俺のこと信用してないの」
今の恋人は、日本人ではない。母国の公用語はフランス語で、英語も流暢に話す。
彼の国の文化では、真剣に交際するなら必ず結婚を考えるものだ、と彼は言う。だから彼女は「日本の文化だと、付き合ってすぐ結婚というのはなかなか考えられないから、ちゃんと期間を置いてお付き合いしよう」と話した。
「英語でも I love you だとか honey だとかって、わーって浴びせられて。一緒にいて、すごく心地がいい相手というか。このままずっと一緒にいるのも悪くないんじゃないかなって、自然と思えている相手でして」
結婚を煩わしいものだと思っていた人が、そう言った。
そして、当然のように、その人は「家に行きたい」と言い出した。
彼女はのらりくらりとかわし続けた。家が汚いから、掃除が終わるまで待ってほしい。そう言い続けた。相手は「気にしないよ」と言う。でも、限度がある。絶対に無理だ、と彼女は思っていた。
やがて、相手が言った。
「いい加減、なんでダメなの。俺のこと信用してないの」
そこで、彼女は追い詰められた。
「気持ちはちゃんとあるし、相手のことはちゃんと信用してるのに。この部屋の状況が原因で、私また別れることになるのかっていう」
また。
15年前と同じことが起きる、と彼女は思った。
「焦りと、恐怖心みたいなのも、多分あったと思います。それで慌ててインターネットでいろいろ探して」
彼女がインターネットで片付け業者を探し始めたのは、このときだ。
ー今回のゴールは、彼氏に部屋を見てもらうことですか。
「部屋を見てもらうというか、家に来てもらうことで、安心させたいっていうのが一番大きいです」
彼女が使ったのは、「安心させたい」という言葉だった。「俺のこと信用してないの」と言った相手に、そうじゃないと伝えたい。そのための片付けだ。
「まず、分割払いができるところを探しました」
依頼先を選んだ基準を聞いた。
「まず、分割払いができるところを大前提で探してました」
理由も、はっきりしていた。
「私、かなり以前にはなるんですけど、信用情報がブラックになっている人間なので。ローンとかカードとかっていうのは無理だろうっていう頭が、最初にあったんですね」
だから、現金で分割ができるところを探した。
ここは、ゴミ屋敷の記事ではあまり書かれない話なので、少し丁寧に書く。
部屋の片付けには、お金がかかる。ワンルームでも数十万円かかることは珍しくない。そして、部屋がこうなるまでの経緯には、生活が回らなくなるような事情が含まれていることが多い。つまり、片付けが必要な人ほど、まとまったお金を用意しにくい。
そこで多くの人はローンやクレジットの分割を考えるが、そこにもう一つの壁がある。信用情報だ。
日本信用情報機構(JICC)によると、ローンやクレジットの契約内容・返済状況に関する情報、そして債務整理などの取引事実に関する情報は、契約継続中および契約終了後5年以内の期間、登録される。JICC自身も、通常は契約終了から5年間、情報が登録されていると説明している。
延滞や債務整理の情報が登録されている間、ローンやクレジットカードの審査に影響する可能性がある。審査の基準は各社が決めるものなので、必ず通らないというわけではない。ただ、本人からすれば「たぶん無理だろう」と思う。実際、Sさんもそう思っていた。
まとまった現金が用意できず、分割という選択肢も取りにくい。この状態で、数十万円かかる片付けをどうするか。
うちが自社の分割払いを始めたのには、理由がある。
2020年、ある女性から相談を受けた。天井まで物が積もったアパートに住んでいて、「片付けたくてもお金がなくてできない」と言っていた。仕事はしておらず、親とも連絡を取っていない様子だった。
うちも赤字にはできないので、その時は正直に「お金がかかってしまいます」と伝えて、お断りした。
しばらくして、その方が孤独死されたという知らせを受けた。
何かできなかったのかな、と今でも考える。お金の問題さえなければ、あの人の人生は少し違ったかもしれない。そこから、うちは分割払いを始めた。
正直に言うと、始めた当初は失敗もした。「ちゃんと話せば悪い人はいないはずだ」と思い込んで、200キロ離れた現場を真夏に8人体制でやり切った100万円超の案件を自社分割で請け負い、大きな損失を出したこともある。
目の前の人を助けたい気持ちだけでは、会社もスタッフも守れないと学んだ。
だから今は、支払いのルールも審査も厳格に運用している。すべての人が使えるわけではない。
そのあたりの経緯を、うちはホームページに書いている。
Sさんは、それを読んでいた。
「オカタシさんのホームページ、全部拝見したんですよ。一通り見させていただいて。何で分割払いをすることになったのかみたいなことも書いてらっしゃったじゃないですか。ああいうのも読ませていただいて、依頼側の立場に立って考えてくださるところなんだな、っていう印象がありまして」
彼女はきちんと相見積もりも取っている。先に別の会社に見積もりを出してもらってから、うちに連絡をくれた。
「連絡を取って、すぐに来てくださったじゃないですか。まずそれに驚いて。見積もりに家に来てくださるのも、だいたい早くて1日2日後だろうなっていう考えはあったので」
そして、こう続けた。
「来てくださって、その場でいろいろ話をしてくださった。本当に私の状況を聞いてくださって、今の状況だと今後こうしていけばいいよね、とか。今回の作業についても、こうしましょう、ああしましょうって提案してくださって。それって、安心できたっていうのが一番大きいです」
何年も人を入れていない部屋を、初対面の人間に見せる。それがどれだけ勇気のいることかは、僕らが一番わかっているつもりだ。
「まず、ちゃんと生活ができるようになりたい」
最後に、部屋が綺麗になった後にやりたいことについて話を聞いた。
「別に贅沢を求めているわけではないんですけど。とりあえず私は、今、自分がちゃんと人間としての生活ができるようにならないと、っていうところがあって」
家事の部分ですね、と彼女は言った。
「二人だろうと一人だろうと、それは絶対に誰かがしなければならない。そこをずっとサボってきたっていうのがあるので。それがちゃんとできるようになって、部屋も、しっかり生活ができる状態を保てるようになって」
そのうえで、こう続けた。
「二人で一緒に暮らすことになったとしても、変に相手によっかかるじゃないですけど、掃除とか家事を全部相手任せにするみたいなことは、どうしても嫌なので」
相手は一人暮らしが長く、家のことが一通りできる人だという。
「お互いが、お互いにできる部分を補い合えたらいいなとは思ってるんですよ」
「なので、ちゃんと生活ができるようになりたいっていうのが、今、一番最初にできるようになりたいこと。そこから彼と一緒に生活をして、生きていけるようになりたいっていうのが、最終的な目標ですかね」
ちゃんと生活ができるようになりたい。
結婚も、恋人との暮らしも、彼女はちゃんと視野に入れている。でも、その一番手前に置いたのが「生活」だった。
明日、全部なくなります
インタビューの終盤、僕は明日の話をした。
「朝から作業に一気に入らせていただいて、片付け自体は明日で全部、物がなくなります。ハウスクリーニングもその後、全部行います。いい未来を作っていけるようにしっかりサポートしていきますので、頑張っていきましょう」
「頼りにしています。よろしくお願いします」
取材が終わり、彼女は、まだ床の見えない部屋に帰っていった。
その部屋で過ごす、最後の夜だ。
部屋は、その人の人格ではない
最後に、これだけは書いておきたいと思います。
Sさんの部屋を作ったのは、彼女の性格ではありません。
夜勤で働いていること。朝8時までにゴミを出せないこと。自己搬入には車が要ること。免許がないこと。ゴミを出してくれていた大家さんがいなくなったこと。コロナで舞台がなくなり、外に出る理由が消えたこと。部屋を見せて振られた記憶があること。誰にも相談できなかったこと。信用情報に傷があって、片付けの費用を分割にできる先がほとんどなかったこと。
このうちのどれか一つでも違っていたら、部屋はこうなっていなかったかもしれません。
逆に言えば、条件がいくつか重なれば、誰の部屋でもこうなります。
うちが伺う現場の依頼者さんは、職業も年齢もばらばらです。僕の実感で言うと、共通しているのは「だらしなさ」ではなくて、「ゴミを出せる時間帯に家にいられない」ことと、「誰にも言えなかった」ことのほうなんですよね。
Sさんが役所に電話をかけてから、うちに連絡をくれるまで5年かかりました。
その5年で、玄関先にわずかに残っていた床も、なくなりました。
もし今、同じような部屋にいて、この記事を読んでいる方がいるなら、一つだけ伝えたいことがあります。
相談するのは、部屋を綺麗にしてからでなくて大丈夫です。むしろ、綺麗にできないから相談するんだと思います。
うちは関東エリアで、ゴミ屋敷・汚部屋の片付けをやっています。
他社さんで断られた部屋も、分割払いでないと難しい状況も、まずは話を聞かせてもらえれば、どういう形なら進められるかを一緒に考えます。
写真を送ってもらうだけの相談でも構いません。
そもそも、こういうことで人に連絡をするというのは、本当に勇気のいることだと思っています。
だから、うまく説明できなくても、聞きたいことがまとまっていなくても大丈夫です。
気になったタイミングで、声をかけてもらえたらと思います。
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<この記事で参照したデータ・資料>
大田区「資源とごみの収集日」(収集日当日の朝8時まで/夜間のごみ出しについて)
https://www.city.ota.tokyo.jp/seikatsu/gomi/shigentogomi/gomishigen.html
いわき市「ごみの自己搬入方法」(家庭ごみの自己搬入は原則として自家用車)
https://www.city.iwaki.lg.jp/www/contents/1001000001954/index.html
千葉市「家庭ごみを自分で処理施設などに持っていく場合(自己搬入)」(受付時間は平日13時〜16時)
https://www.city.chiba.jp/faq/kankyo/junkan/shushugyomu/1062.html
リクルートワークス研究所「働くニーズが多様化する時代の深夜労働規制はどうあるべきか」(深夜労働の従事割合)
https://www.works-i.com/research/project/work-style/ronten/detail004.html
ぴあ総研「2020年1月〜12月のライブ・エンタテインメント(音楽・ステージ)市場規模は8割減」(2021年5月13日公表/2020年確定値)
https://corporate.pia.jp/news/detail_live_enta20210513.html
ぴあ総研「2019年ライブエンタメ市場は6,000億円を突破し過去最高を記録」(2020年9月18日公表/2019年確定値)
https://corporate.pia.jp/news/detail_live_enta_20200918.html
環境省 環境再生・資源循環局 廃棄物適正処理推進課「令和6年度『ごみ屋敷』に関する調査報告書」(令和7年3月)
https://www.env.go.jp/content/000303867.pdf
日本信用情報機構(JICC)「登録期間について」
https://www.jicc.co.jp/faq/detail/a095i000000LtgDAAS